類は友を呼ぶ!?

昨年から計画されていた高校時代の友人たちに久しぶりに会うことになった。
気ごころの知れた古い友人たちではあるものの
私の仕事の都合やらで、なかなか会うことができず
ふと、考えたら5年ぶりだった。

彼女たちとは高校時代、苦楽を共にし(大袈裟)、さまざまなことを話し
経験して、卒業、就職、結婚後も変わらずつきあい続けてきた仲間である。
私には子供がいないので、さほど時の流れを感じることはないのだけれど
彼女たち4人にはそれぞれに子供たちがいて
その子供の成長を聞くたびに、そんなに時間が経ったのか
と、びっくりする。

数年連絡がない時もあったけれど
それでも、会えばすぐに仲のよかった時代と同じく
冗談を言い、何も言わずともわかってくれる「いい奴」たちなのだ。

今回は、当初「ひさしぶりだから」という理由ではあったものの
私の離婚などがあったりして、話はそちらの方向へ・・・・。
彼女らには前触れもなくメールで「家を出た」と連絡して
詳しい話をしていなかったので
当然と言えば当然で、「あんたどうなってんのよ!」と
怒られながら、笑われて彼女らも聞きたくてウズウズしている様子。

しかし、まぁ。・・・想像していた通りの反応を返してくる悪友たち。(笑)

面白がられてる・・・・・・。

そんなことだろうと思いました。
彼女らも結婚10年を超え、抱えるものはたくさんある。
その中で、頑張って生きてるものの考えることは同世代だけによく似ている。
それに、まぁ、なんですか。私の友人です・・・・。

類は友を呼ぶ・・・・もぅ男前すぎる友人たち。

私の行動、決断を受け入れ、共感し、応援までしてくれて
これほど、「やっぱ、あんたらと友達でよかったよ。」
そう思った日はないかも。そのくらいうれしかった。

私の行動がわがまま、自己中心的、我慢が足りない
そう言われてきたけれど
「そんなことはない、十分尽くしてきたし
苦労してきたんだから。」
そういって肯定してくれてどれほどうれしかったか。

「あんたら愛してる!」

マジそう言っちゃいましたよ。
いいやつらだ、まったく。

話しは尽きることなく続き、腹が痛くなるまで笑った。
気がつけばあっというまの7時間半。
ランチを食べ、お茶を飲み、スイーツを楽しんで
家族のための夕食の買い物を済ませ、再会を約束し
帰路につきました。

最後に言われたひとこと。

「また、なんかあったら連絡してよ。楽しみにしてるからー。w」

いやいや、そんな驚かせるようなことはもうないと思うよ。
・・・・たぶん。

文章を書くということ。

元から文章を書くのが好きな方。
小説や、そういった類のものではなくて
どちらかと言えばエッセイに近いような
身近にあること、身近で起きたとりとめのないことを
自分の思いを織り交ぜて 、文字にすることで
自分なりの考えをまとめるのが好きだった。

「だった」と過去形なのは、ここ1年ほどまともに文章を書いてなかったから。
書くことが嫌いになったわけでも、暇がないわけでもなくて
書く内容が少なくなってしまったから。理由はそれにつきる。

昨年2007年から始まったtwitterというWebなサービスを利用してから
書くことが極端に少なくなってしまった。
twitterは「何してるの?」という簡単な問いかけに対して
登録している人たちがつぶやくというサービスだけれど
何してる?・・・というものだけじゃなくて
生きてれば人間いろいろ感じてしまうものだから
つい、思いついたこと 、感じていることをすぐに書いてしまって
自分の中で熟考するということがなくなってしまったのが原因だろうと思う。

よくネガティブな想いを抱いてる時に 、「吐きだしたらいい」と言われるけれど
吐きだすことによって救われることは確かにあるかもしれないけれど
すべてがすべて、吐きだせばいいという問題でもない気がする。

ネガティブな想いに限らず、人は何かを考え生きてるものだから
考えを止めることはない。その中で、あることに対して時間経過と共に
自分の中で考えを巡らせることによって
こうも考えられる、こういう風にも・・・といろんな角度から物事を判断し
理解して消化しようとするのではないか・・・・と思うのだけれど
先の、twitterのようなサービスに常駐してると
吐きだすことだけに重きを置いて
考えを巡らせる、自分の中で消化させる、というようなことが
できなくなってしまう気がする。

もちろん、いいこともたくさんあって、いろんな人がいるし
とてもみないい人たちだから励ましてもらって
それが力になることもあるのだけれど
私はやっぱり書くことが好きで、「書きたい」 という気持ちがある私は
吐きだすことの危険性も考えなきゃいけない。

比較するのはおこがましいけれど、文豪と言われた人たちの中には
精神的に追い詰められた人も少なくはない。
その中で生み出されたものが、人の心を打ち
素晴らしい作品を生み出したことを考えたら
もっと、感じたことをゆっくり自分の中で消化していく方が
性に合ってるような気がする。

twitterはとても楽しいサービスではあるけれど、
考える力が足りない私には、もすこし大人なおつきあいをしていこうかな。

今はそう思ってる。